サンプルテキスト【聖魔の慈愛】 「ねぇ。キミのこと、殺してもいい?」  痛々しいまでに射し込む夏の太陽を遮る影が、俺を見下ろしながらそう言った。  それは、聞き覚えのない声だった。その割に、妙に口調が馴れ馴れしい。 「……俺に話し掛けるな」 「でも、キミ、死にたがってるよね。違うかな?」 「ちっ……」  巫山戯た奴だ、冗談にしては笑えない。  きっと、ろくでもないやつに違いない。おれはぷいと横を向き、瞼を閉じた。  ああ、このまま深い眠りにつくことが出来たらどんなにいいことか――  ……確かに、言われたことは的を射ていた。どこのどいつかは知らないが、よくぞ調べ上げたものだ。  ああ、そうだ。俺は死にたいのだ。この居心地の悪い世界から、どこか他所へと飛び立ってしまいたいのだ。  ずっとそう思っていたのに、何故俺はこのように寝転がっているのだろう。  第一、此処は何処なのだ。ごつごつしたコンクリートの床が、頭に鈍く冷たい痛みを植え付けていく。 「どうしたの?」 「何でもない。少し、頭が痛いだけだ」 「あ、そうだね。ごめんなさい」  その影は俺の頭を持ち上げ、何か柔らかなものの上に載せていた。きめ細かな肌色。その上に降りてきた長いブロンドの髪が鼻のてっぺんをくすぐるものだから、少しむず痒い。  その髪から漂う、まだ甘い幼じみた香りが俺の鼻腔を満たしてきたところで、ようやく俺は、この影の正体がまだ年端もいかない少女だと言うことに気が付いた。  そうだ、思い出した。慌てて俺は飛び起きる。 「きゃっ。どうしたの、急に」 「何故だ。何故、余計な真似をした」  俺はさっき、死のうとしたのだ。高いビルの屋上から飛び降りて、全てを終わらせようとしたのだ。  そのはずだったのに。 「そうだ、何故俺は生きているんだ」  あの時、俺は手すりを飛び越えた。誰かが止めようとしていた気がしたが、そんなもの聞いていられない。振り切って、それから、横風が吹いて。  浮遊するような感覚。思わず足がすくんで、そして、少しずつ地面に近付いていって。 「……それなのに、何故俺は此処にいる」  確かに、俺は飛び降りたはずだ。遂行したはずだ。達成したはずだ。  しかし辺りを見渡してみると、どうだ。俺のいるこの場所は、自殺を試みたビルの屋上そのものではないか。  おそらく、こいつが何かしたせいなのだ。その何かとは何なのか。全く持って検討がつかないが、それ以外に考えられない。 「答えろ。何故俺は生きている」 「飛び降りた位じゃ、人は死ねないよ」 「ふざけるな!」  力の限りの激昂を浴びせていた。我ながら大人げない行動だとは思うが、己の取った手段を否定された俺は、自らを抑制することを完全に忘れていた。 「十三階建ての屋上だぞ! 死ねないわけがないだろうが!」 「でも、キミは確かにここにいる。そうでしょ?」 「……ちっ」  そう言われてしまえば、反論のしようもない。  途端に怒りの矛先を失った俺は、そのイライラを鎮めるべく、胸ポケットのタバコを探した。何故だかパッケージがひしゃげていたが、この際気にはしない。 「そんなモノ、吸わない方がいいよ」 「五月蠅い。これから死のうって時に、肺のことなんか気にしていられるか」  ぽっきりと折れ曲がった白筒の形を丹念に整え、咥えこむ。途端に、湿った土の味が口の中に広がった。 「ぐ……」 「だから言ったのに」  腹を抱えて咳込む俺を、彼女は哀れむような目で見つめている。いたたまれなくなった俺は、ペッと唾を吐き、床に落ちたパッケージを靴の先で蹴飛ばした。 「お前、何を知っている」 「んーんと」 「いや、その前にお前は何者だ」  俺は、何かに気付き始めていた。おそらく彼女は、いわゆる普通の存在ではない。 「何者だ。言え」 「悪魔だよ」 「……そうきたか」 「あれ、やっぱ信じられないかな」 「いや――」  嘘をついている目ではない。しかし、真実かどうかも分からない。それ以前に俺は、彼女のような異質な瞳を、これまで目にした覚えがない。  魔性の瞳。そう表現するのが相応しいのだろうか。気を抜くと、深い海の底に吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚を覚えた。  それに、さっきから妙に肌が疼くのだ。鳥肌に似た、それでも恐怖とは少し違う、歓喜にも似た何か。  五感では説明できない未知の警戒信号を、俺の本能が発しているのだ。 「それで、その悪魔が俺をどうするつもりだ」 「殺すの。それでキミを救ってあげる」 「どういう事だ」 「うーん、質問が多いねぇ」  彼女はどうにも頼りないフェンスに気をつけながら、ゆっくりと体重を預けていく。そして、やや尖った耳の先を人差し指でピンと弾いてから、その指を俺の背後、何もない空間に向けた。 「とりあえず、キミのいる場所がどこか、たしかめてみるといいよ」  彼女の指に従うように、続けて俺も後ろを向く。俺は、そこで初めてこの空間にある種の違和感を覚えた。 「馬鹿な――」  散乱したゴミクズの山。カビの生えた貯水タンク。その脇にはカラスの死骸が力なく横たわり、白い綿を吹き出している。此処は、こんな汚物の巣窟のような場所であっただろうか。  ドアノブをひねってみるが、それは何の抵抗もなく力のない回転を続けた。その代わり、扉そのものには錆がびっちりと張り付いていて、押しても引いてもびくともしない。  知らぬ間に何が起きたというのか。まるで、俺だけを置いてそのまま風化してしまったかのようだ。 「そう、キミは置いて行かれてるの。体は朽ち果てても、魂だけはこの、とうに寿命を終えた廃ビルに縛られて。ずっと」 「……俺は、死んでいるのか」 「ううん、違うよ。死って言うのは肉体じゃなくて、魂が浄化されることを言うの。でもキミは死にきれずに、魂だけが、この寿命を終えた廃ビルに縛り付けられている」  彼女は手すりの下の小さな空間に視線を落とした。  眼下の世界では、色とりどりな車が忙しそうに走り抜けている。そのほとんどは、見覚えのない車種だった。 「きっと、キミはずっと、ここから飛び降り続けてたんだね。何度も何度も死のうとして、体が無くなっても頑張ってたんだと思うよ。それでもここから出られなかった」 「つまり、地縛霊みたいなものか」 「まぁ、キミ達の言葉ではそう言うのかもね」  どうやら、俺と彼女とでは死の定義が違うらしい。  それはさておき、困ったものだ。この憎き現世から逃げ出すべく死を選んだというのに、この場所から出ることが出来ないとは。  嘘だの冗談だのと言ってくれればせめてもの救いになるところだが、鮮明に蘇ってくる飛び降り遂行時の記憶が、これは真実であると断定させてしまう。 「でも、心配しなくていいよ。すぐに私が救ってあげるから」 「それは、俺をこの場所から解放するってことか」 「そう。私は悪魔だから、それが仕事なの。だから――」  不意に彼女が視界から消え失せる。 「だから、キミのこと、食べさせてね」 「な……!?」  唐突に、下腹部の方にムズムズとした感覚を覚えた。驚いて下を見やると、彼女が俺のベルトを外しながら、俺の陰部をまさぐっている。 「お、お前……っ!?」 「食べるためには、互いの魂の質を同じにしないと行けないから。だから一つに繋がるの」 「それが何なのか分かってるのか!?」 「大丈夫だよ。これでも私、キミよりは年上だから」  彼女がニィ、と悪戯な笑みを浮かべた。開いた唇の隙間からは、鋭く尖った八重歯が垣間見えている。 「あ、いけない。このままじゃサクリ、だね……」  指で押しながら、牙を引っ込めようとしている女の子。やはり人間のそれではない。 「どうしたの。やっぱり悪魔じゃ、嫌?」  潤んだ上目づかいの瞳が不安そうにこちらの様子を伺った。瞬間、拒否をしようと振り上げた拳が止まる。 「……嫌と言うことはない」  何故だか分からないが、俺は彼女に対する抵抗が消えかけていることに気付いていた。見た目だけは幼いから油断してしまっているのか、それとも既に彼女の魔力にでも当てられてしまっているのか。  少なくとも、彼女の言う救いが一体どのようなものかは確かめておく必要がある。そのはずだ。だったら、その前に少しくらい遊んでやってもいいじゃないか。  気付けば俺は彼女の頭の上に手を載せて、その柔らかな髪をゆっくりと鋤いていた。 「私と、一緒になってくれる?」 「ああ」 「えへへ、嬉しい。はむ……」  彼女はズボンのジッパーを引き下ろし、飛び出してきた陰茎を咥え混んだ、続いて、短いながらも滑らかな舌が、生き物のようにまとわりついてくる。 「ん、くちゅ……どうかな。はぁ、ん……私のコレ……痛くない……かな」 「ああ、問題ない。むしろ……」 「気持ちいい?」 「……ああ」 「えへへ……じゃあ、もっとやってあげるね……ん、ちゅむ、んん……」  牙が刺さらないように気を遣っているのか、舌使いはどこか不慣れな感じで、ぎこちない。しかし。 「あはぁ……ん、れろ……ぇ、へへ……キミのここ、凄く元気いっぱいだよ……」 「ああ……」  久しく忘れていた悦楽に、俺は完全に支配されていた。僅かな刺激を受けるだけで俺の肉棒は彼女の口の中を容赦なく暴れ狂う。 「すまん、もう――!」 「んぐぅっ、いいよぉ……、私のお口に……いっぱい出しても、んんっ……ああぁっ!」  彼女の舌の先が俺の裏筋を弾いた瞬間、電撃が俺の背中を突き抜けた。気付けば、俺のモノから白濁液が、彼女の口内に向かって勢いよく吹き出されていた。 「あぁっ、ちゅ……んぁ……喉に当たって……す、凄い、んぐ……んにゅっ、ちゅ……」  彼女の小さな口では全ての子種を受け入れることが出来ず、飛び散って彼女の顔を汚していた。 「大丈夫か」 「うん。それより早く、ね?」  彼女は糸を引いている粘液を、白く細い指で丁寧に舐め取っていく。それを口に含み、美味しそうに喉を鳴らした。  そして、背後を向き、手すりを握りしめた。目の前に突き出された小振りなヒップの下に、透明な筋が一本、走っている。既に粘液を垂れ流している陰部は、下着越しでもその形が鮮明に見て取れた。 「変じゃない……かな?」 「ああ、綺麗だ」  純白のショーツを引きずり下ろすと、彼女の匂いがいっそう強くなった。  まだ毛も生え揃っていない、控えめで美しいはずのその場所が淫らな涎をボタボタと落としている。その光景に当てられた俺の下半身は、前以上の大きさでもって膨れあがり、天に向けられた矢のように反り返っていた。 「入れるぞ」 「う、うん……いいよ」  互いの愛液が日中の光を受け、ねっとりとした光沢を放っている。この状態ならば前戯は不要だろう。俺は自分の分身を持ち上げ、それを花びらの奥の蜜壺に向かって、深く突き上げた。 「ん……いやぁ、ぁ、ああっ……!」  止めどなく流れる愛液で濡れそぼった彼女の陰部は、瞬く間に俺の全てを取り込んだ。瞬間、再び達しそうになった俺は歯を食いしばって踏みとどまる。 「動くぞ!」  彼女の中は信じがたいほどに狭かった。滑らかな、幾重ものヒダを通り抜けるたびに、今までにない快感が背中を走る。 「あぁ、キミのそれ……また大きくなって……んんっ!」 「くっ……」  これでは長く続けられる自信がない。むさぼり食うように、ひたすらに注送速度を上げていく。 「あ、だめ。急にそんなの……ぁ、ん、あああ……!」 「誘ったのはお前の方だろう」  俺はむんずと手を伸ばし、彼女の上着を捲り上げる。どうやらブラはつけていないようだ。小振りだが形の整った胸をわしづかみにし、揉み砕いていく。 「あ、わ……私のおっぱい……揉まれて、揉まれてるよぉぅ……」 「そうだ。真っ昼間からこんな場所で、恥ずかしいところをこんなにして……」 「うん、でも……ぁあ、いい……いいのぉ……キミのそれ、凄くいいのぉっ……!」  彼女もまた、自らの腰を打ち付けていた。水音の混じった、不規則な衝突音が淫靡なリズムを刻んでいく。 「え、ぁふん……私もキミと……ん、一緒で、ぁ……はぁ、カチカチだよぉ……」 「触って欲しいのか」 「うん、さわってぇ……私のココも……ちゃんと、いじくって……遊んで欲しいのぉ……」  背後から散々に突かれながらも、彼女は自分で陰核の皮を剥がしていく。ひょっこりと顔を出した新芽は、すっかり充血してしまっていた。俺は片方の手を乳房から離し、その愛らしい突起物を撫で回してやる。 「やぁっ……ぴりっ、て……んん、ぁ、そこすごく……ぁあっ……ん、らめぇ……」 「何だ、嫌なら止めるぞ」 「ううんっ、虐めて……もっと、もっといっぱい、私のことぉ……ん、あぁ……してよぉ……」  彼女が激しく体を震わせるたびに、行き所を無くした愛液が辺りに飛び散っていく。その都度、彼女の内部が俺の精液を欲さんとばかりに、強く締め付けてくる。  そして、快楽の波が限界を超える。これは塞き止められない。瞬時にそう察知した。 「くぅっ……駄目だっ、もう――」 「いいよ、来て! 私の中に……いっぱい出して!」 「ううっ!」  限界を悟った俺は、思い切り力を込めて、陰茎を最深部に突き刺した。 「ぁ……そんな……私ももう、ん……ああ、やあぁぁぁああぁあぁあああああんっ!」  オーガズムを迎えた彼女の腰が小さく震え、俺の分身を温かい水で浸していく。白く濁った俺のモノが、彼女の膣に向かって噴射されたのは、それとほぼ同時のことだった。 「はぁっ、あ、ぁ……はふぅん、あぁ……」 「……ふぅっ」  行為を終えた俺たちは、二人して力なくしゃがみ込んだ。そして肩を上下させながら、荒い息を吐く。そして見つめ合う。 「一緒に……なっちゃったね」 「ああ」 「嬉しいよ。これで、救ってあげられる」  彼女は疲労に満ちた声で、それでも心底嬉しそうに微笑んだ。 「俺、これからどうなるのかな?」 「ずっと一緒だよ」 「一緒……か。それはいいな」  俺につながりを求めてくれた彼女。俺のために来てくれた彼女。  美しい。そして愛おしい。俺は、彼女とずっと一緒になりたい。 「じゃあ、もう一度聞くね」  まだ赤い頬に、羞恥の色が見えている。彼女は恥じらいを隠すように、潤んだ瞳をぎゅっと閉じた。  そして、餌を求めるひな鳥のような唇を、僅かに差し向ける。 「キミを、殺してもいいですか?」 「ああ」  迷うことなく、答えを導き出した俺は、ゆっくりと塞いでいく。 「くちゅ……ん、ちゅむ……ぁ、あ……」  舌を絡め、唾液を交換するという行為を、俺たちは飽きることなく続けていた。それはまるで夢のように。聖母の温かな胸に抱かれるように。そして彼女は乳飲み子のように、喉を鳴らしていく。 「ああ、一緒だ……」 「うん……一緒だよ。何があっても……ちゅ、はぁ、ん……ずっと……ぁ、一緒……」  ああ、これが救いというものなのか……。  混濁する意識の中、俺はそっと目を閉じた。そして―― 「……えへへ、ごちそうさま」 「お粗末様」 「それじゃ、お空に帰ろうかな。久々に運動したから、疲れちゃった」  彼女は気怠げに伸びをした。その姿は今の俺の目には捉えられないが、きっと、さぞかしみっともないことなのだろう。少しだけ想像した俺は何だか可笑しくて、思わず吹き出してしまう。 「もぅ、笑うことないでしょ」 「悪い悪い。くくく……」  それでも、俺は笑うことをやめられなかった。長い夢から解放された今は、気分が良くてしょうがない。 「ほら、開きなよ。お前の翼を」 「うん!」  そして、これからが本当の夢の始まりだ。永遠に続く、終わりのない夢の――  漆黒の翼が開かれる。すっかり焦がされてしまったそれは、ギシギシと音を立てながら、上空に狙いを定めた。 「それじゃ、行こう?」 「……ああ」  不意に、バランスが崩れた気がした。続けて、強烈な横風が吹いて、それでも。  俺は恐怖を覚えることはない。  何故なら、俺は既に彼女なのだから。 「ねぇ、どうしたの?」 「大したことじゃない。ただ――」  彼女の胃袋の中で、俺は最後の一言を放つ。 「温かいなって、思ってさ」  これが彼女自身の持つ母性の象徴なのか、それとも憎き太陽に近付いている影響なのか。  次第に溶けつつある意識の中、俺がそれを確かめる術など何一つと残されていなかった。